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ぺっぺけぺの雑記

くそったれプログラマの素晴らしきくそったれ



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同性愛者に告白される異性愛者という立場

同性愛者 異性愛者 同性愛

今、ゲイであることを告白した友達にバラされ、自殺した子のニュースが話題となっている。

大変悲しい事件であり、自殺してしまった子には心から冥福をお祈りします。

 

バラされた方の心境は、思うに余るところが大きすぎて、なんとも言えない。

バラした方の心境を考えると、高校の時のことを思い出した。

 

当時、明言はしていないが、ほぼみんなが「そうだろう」と認識していた、ゲイっぽいクラスメイトがいた(後にカミングアウトしたとのこと)。

聞いてもいないのに「元彼氏」とのことを話したり、やたらと股間のことを話してきたり、人と比べて明らかにスキンシップを好んでくる傾向があったり。

 

今回の事件とは、全く内容も本人の性格も違うと思う。

そのクラスメイトは明らかに隠す気なかったし。

 

だが、この高校時のクラスメイトに、少なからずアプローチされた身としては、同性に好かれるということは非常に悩ましく、誤解を恐れず端的に言えば「気持ち悪い」と思ったことは事実だということを記しておく。

 

今回の事件で、アウティングしてしまった事自体はどう考えても配慮不足だし、行動としてはあまりに幼いかもしれない。そもそも大学生なんて幼いものだけど。

その結果、取り返しの付かないことになり、ご家族の悲しみを思うといたたまれない。

 

ただ、だからといってアウティングしてしまった方の心情を一切無視し、ひたすら攻撃対象にするのはどうかと思う。

彼だって、友人を「殺してしまった」という、ものすごく重いかせを背負ってしまった、ある意味、だれよりも不幸な人間なんじゃないか。

 

似たような経験をしたことがあるから思うのだが、異性愛者なのに、同性に「好きだ」と言われ、断りはするものの、これからも長い間、近くですごさなければならないといった時に、自分を守るためにどのような行動が取れるだろうか。

しかもお互いまだ幼く、社会的経験も少なく、感情で動いてしまうことが多い年齢で。

 

俺は高校の時、わざとそいつに冷たくし、ケンカ状態となることで自分の精神を守った。

正直、話したくもなかったし、これ以上スキンシップもしてほしくなかった。

 

そのクラスメイトとは全く関係のない話だが、高校の時、先輩が言っていた。

「恋ってのはストークなんだよ」

好きになると、相手のことなど考えず、ストーキングさえも自分の中で正当化してしまう、なんならそれが一般的な「ストーキング」であることも理解していながら、自分をごまかし、そのような行動をとってしまう。

 

恋に悩んでいた先輩が、神妙な顔で俺に吐き出した言葉だった。

吐き出すという行為自体も、自己正当化の一環だったのではと思う。

その時は「何言ってんだこいつ」と心のなかで思っていたが、今まで生きてきて、自分の経験からも「ああ、そういうこともあるな」と今では思える。

むしろ自分の行動など、自己正当化だらけだ。

 

今回の事件で、バラした方・バラされた方が、普段どのような仲で、どのくらいの親密度だったかは、俺のような外部の人間にはわからない。

 

その分からない状態で、生き残った方を一方的に責めるのは違うんじゃないか、と感じている。

 

ちなみに、話に出てきた元クラスメイトとは、同じ高校の友達の結婚式の二次会で、偶然、久々に出会い、普通の友達として話すことが出来た。

 

向こうもこちらも、もう、いい歳の大人だ。

いろいろ経験してきて、何をしていいか、何をしてはいけないか、昔よりは分かっている。

お互いのいやがること、傷つくであろうことも、少しは考えて行動できるようになったのかもしれない。

所詮、短時間の邂逅ということも関係あるかもしれない。

 

同性を好きになる人の苦しみを斟酌することは重要かもしれない。

同じように、同性に好かれた、異性愛者の苦しみも、同じレベルで考えることは当然必要じゃないか。

そういう形で議論ができて、初めて同レベルでの扱いとなるのではないかと思う。